憧れのレース、Aso Round Trail(阿蘇ラウンドトレイル)。
熊本・阿蘇で開催される『Aso Round Trail(阿蘇ラウンドトレイル)』。通称、ART。2017年に第1回が開催され、2020年5月で4回目を迎える。九州で最も大きなトレイルレースであり、フルコース121.1km、ハーフコース54.5km、制限時間はフル32時間、ハーフ15時間、阿蘇外輪山を舞台に決死のレースが繰り広げられる。テレビや雑誌で見る有名選手も全国から集結する、トレイルランナー憧れのレースの一つだ。
霧えびPVにやられる。
時をさかのぼること3年前。当時の私はというと“サブ4”を達成したてで、わりと真剣にマラソンに打ち込んでいた。ラン友も増えだし「走るといっても、いろいろジャンルがあるらしい」ことを知る。その中で「山を寝ずに走っていたら幻覚が見えた」とか、「山で転んで骨折したんよ〜」など、あり得ない話をする人たちがいるではないか。言っては悪いが、トレイルランナー=クレイジーな人々。お遊び程度に近場の低山を走ったり、小さな大会にエントリーしたり、ちょこちょこやってはみるものの本格的に踏み込むことはなかった。そんな頃、SNSにとあるトレイルレースの公式PVが流れてきた。
霧島・えびの高原 EXTREME TRAIL 2017の公式PV。ユニバーサルフィールド主催のレースのPVはどれもかっこいい。
そういえば、友だちが出ていたかも……と、流し見するつもりで再生する。1回、2回、3回、何度も繰り返して見た。泥にまみれ、傷だらけになっても懸命にゴールを目指すランナーたち。肉体の限界を超えているにもかかわらず、どの顔もキラキラと輝いている。
「私もこの感覚を味わってみたい」
頭をゴツンと殴られたような、激しい衝撃が走った。実際に野山を駆けるのではなく、たまたま見かけた映像でハマるのもどうかと思うけれど、これが「すべての始まり」だった。
『霧島・えびの高原 EXTREME TRAIL 2018』に、早速エントリーした。ショート(35km)だったが、もちろん未知の世界。さすがに練習しないとヤバいぞと、山へと向かう機会も増えた。
2018年7月、憧れのレースに出走。野越え山越え35km、出せる力を全てふり絞った。ゴールが見えた瞬間、ぽろぽろと涙があふれてくる。せめてゴールぐらいは笑顔でいくぞと思ったが、涙でぐちゃぐちゃな顔のままゴールテープを切った。
同級生と一緒に涙のゴール。全身どろどろ、化粧もはげはげ、だけど気分は最高!
完走万歳! それはARTへの入り口。
30km以上のトレイル完走者であること——これが次へのチャレンジの扉を開く鍵となる。「ARTハーフのエントリー条件を満たしているよ」。え、そうなの!? 35km→55km、プラス20kmかぁ……。ちなみに、私のランニングの最高距離は42.195km。過酷な山道、厳しい制限時間、夜間走……これまた想像がつかない。「大丈夫。なんとかなるよ〜」トレイルの仲間たちは、そろいもそろって楽観的だ(それも適性なのか!?)。「本当に? いけるかな〜」そして、私も紛れもなく楽観的だ。こうしてノリと勢いにまかせ、無謀にもARTにエントリーしてしまった。
Iさんに作成してもらったタイム表。猛烈にありがたかった。
ついに、ARTのスタートに立つ
2019年5月11日正午、ハーフスタート(フルは朝7時スタート。約600人が参戦)。約400人が一斉にゴールを目指す。阿蘇の山々の稜線に沿ってランナーが連なる。放牧されている牛を愛でたり、眼下に広がる雄大な景色に感動したり……は最初だけ。容赦なく照りつける太陽、目の前にそびえる急勾配、開始早々にもかかわらず、ハァハァ、脱水症状なのか息が上がり、頭がクラクラしてくる。第一関門までは12.1km、制限時間は3時間。私の走力では悠長にはしていられない。歩いたり止まったりしながら、なんとか制限時間15分前に到着する。給水所でコーラを3杯飲み干した瞬間、ポキッと音がした。骨がどうこうではない。心が折れた音だった。
ARTの公式ギャラリーで唯一あった写真。スタート直後でまだ元気だった。
そして、終わった……
「前日も熱が出て、体調が万全とはいえない。第二関門に間に合わないどころか、途中でぶっ倒れてしまうかも。無理をせず、ここで終わりにするのが賢明な判断じゃないか」—— 悪魔が耳元で囁いた。
「本当にいいですか?」医療スタッフの問いかけに「はい」と応える。これで良かったんだ、良かったんだ……。汗なのか、頭から被った冷却水なのか、ずぶぬれのまま救護所の天井を眺める。静かに目を閉じると、涙が止めどなくこぼれ落ちた。そして、私のARTはあっけなく終わった。
阿蘇の山々に向かって、負け犬の遠吠え
仲間の勇姿を見届けるべくゴール地点へ。あれだけ暑かった日差しが嘘みたいに収まり、高原の冷涼な空気があたり一帯を包みこむ。最後の難関、俵山を下るとゴールだ。暗闇の中に、ポツリ、ポツリ、ポツリ、選手たちのヘッデンの明かりが見えてきた。最後の力をふりしぼり、激坂を駆け下りてくる。全身汗まみれ、泥まみれ、生傷だらけで転がり込むようにゴールする様は、強く、たくましく、何より美しかった。
自然相手に極限に挑み、やり遂げた人間の発光力たるや。キラキラと光り輝く選手たちを見た時、あらためて自分の不甲斐なさに落胆した。ああ、私はなんで諦めてしまったんだろう……次から次へと後悔の念が押し寄せる。ゴールしてくる選手たちが眩しくて、羨ましくて、本音を言えば、妬ましかった。
「絶対“あっち側”の人になってやる」
どうやら私のやる気スイッチは、悔しさや辛さの奥に設置してあるらしい。夜の闇が去り、朝の澄んだ光に満ちた阿蘇の山々に向かって……負け犬の遠吠え。いや、そうじゃない。心の奥の奥のから、リベンジを誓った。
必ずゴールしてみせる。ARTよ、待ってろよ! そのあかつきには、遠慮なく振る舞いのカレーを食べてやるから。
【公式サイト】Aso Round Trail
【公式PV】第3回 Aso Round Trail 2019